JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
研究者コラム

インドに咲く花、あるいはインドに散る花

 特別展示『植物画の黄金時代—英国キュー王立植物園の精華から』の会場で、注目していただきたい植物画がある。イギリス人植物学者がインドで現地の画家を雇い入れて描かせた「カンパニー画」である。この呼称は、絵画制作の依頼主がイギリス東インド会社(=カンパニー)社員であったことに由来する。インドとヨーロッパとの混合様式である、とその絵画様式の特徴を一言で説明はできるものの、ムガル帝国が没落し、イギリスが商業的・政治的にインド支配を進めた当時の社会状況からわかるように、両者は決して対等な関係ではない。主観的な印象を述べることが許されるならば、ヨーロッパの自然主義的表現を求められたインド人画家の筆先から、封印したはずの自分のルーツとなる伝統的美意識が図らずもほとばしり出た瞬間が留められているような気がする。そのような名もなきインド人画家を主人公にした小説をいつか書くとしたら、「インドに咲く花」というタイトルにしようか。いや「インドに散る花」がよいか。植物画を前に、想像の花も開いた。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

IMT特別展示「植物画の黄金時代—英国キュー王立植物園の精華から」に寄せて

 キュー王立植物園より28点の植物画を借りて、展示を行うことになった。植物園というと、緑あふれる憩いの場を想像する人も多いに違いない。しかし、キューがキューたるゆえんは、大規模な研究機関として存在感を示し続けていることにある。古くから植物に関する豊富な資料を蓄積してきており、植物画もその一部である。植物は、乾燥させて標本にすると、本来の色彩や立体感を失う。乾燥標本も情報を残す貴重な手段であり、見た目にも美しいとはいえ、「植物の素顔」を後世に伝えようと思うなら、植物画家の技に頼らざるを得ない。白の紙を背景とするなど、一定のルールに基づき、紙面という限られた空間に、どう植物を配置し情報を散りばめるか、そこが工夫のしどころである。「生きている植物」をいきいきとした姿で伝えるのが植物画だ。本展の図録表紙やポスターに使われている、著名な植物画家ゲオルク・ディオニシウス・エーレト(1708-1770)のチューリップ図を見れば一目瞭然だろう。まさに平面から飛び出して来んばかりではないか。

秋篠宮眞子(東京大学総合研究博物館特任研究員)

「ジャズ・ディスコブラフィー」の迷宮

 2013年から蓄音機音楽会を定期的に開催している。その間「湯瀬哲コレクション」のデータベース化に向けてSPレコードの整理を進めてきた。SPレコードのシングル盤約5000枚、アルバム約380冊を含むコレクションは、インターネットのない時代に個人によって構築されたとは思えない。現物を見ながらレコードの各面に収録されている曲の録音情報を調査し、データとして纏めると多くの発見がある。湯瀬氏がレコード蒐集に没頭していた時代は、個人の調べそして国内外のアマチュアとの文通がジャズ史に関する基本情報を得る唯一の方法だった。しかし主要大学に「ジャズ・スタディーズ」部門が設立されている現在、レコードのデータ目録に「ビッグ・データ」が導入されつつある。万単位でレコード情報を分析すると、戦後日本におけるジャズ市場の動向や流通状況が見えてくる。今まで静かに佇んでいたコレクションの個々のレコードの間に、新たな関係性が生まれつつある。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

夏鳥の季節

 インターメディアテク(IMT)のStudiolo(収蔵展示室)には多数の鳥類剥製がある。階段を上がった正面に見える部分は、山階標本の定位置であり、当館の「顔」の一つであろう。
 IMTのオープン以来、この鳥たちの配列は変化し続けている。分類群で並べるか、色味や見え方を意識するか、何かテーマに沿って配置するか、それは我々の意図であり、企画であり、時に遊び心である。
 今、Studioloの角、オナガドリの左側部分には、夏鳥が到来中だ。キビタキ、オオルリ、サメビタキ、コチドリ、コアジサシ、アオバズク、ヒメアマツバメ、ショウドウツバメ、オオヨシキリなど、東南アジアから飛来して日本で繁殖する鳥たちが並んでいる。棚の上の、ライオンのようなタテガミを持った2羽は、渡りの途中で日本に立ち寄ったエリマキシギ。残念ながら日本ではこの繁殖羽をまとった姿は見られないが、せめて、標本で確認して行って頂きたい。

松原始(東京大学総合研究博物館特任准教授)

鳥たちの森

 インターメディアテク(IMT)の大階段を登りきったところに広がるガラス張りの収蔵展示室、それがStudioloである。ここには山階鳥類研究所よりの寄託、(旧)老田野鳥館よりの寄贈を含む鳥類標本約500点が収蔵されている。一部では京極夏彦氏の小説になぞらえて「由良伯爵の部屋」と呼んで頂いているようだが、デスクと椅子とタイプライターと羽ペンもあって、確かにそんな雰囲気はある。デスクは法学部の教授室備品だったもの、タイプライターも学内でかつて使われていたローヤル製のものだ。
 私の中で、あのデスクは「先生の机」であり、姿を見せない謎の教授がいる、という設定である。先生は今、日本産の鶏の一品種である天草大王の標本を山階鳥研から借りて研究中らしい。足にまで生えた正羽が特徴だ。机の上にはハシブトガラス(骨格)も止まっている。なお、羽ペンは私が先生にお貸しした。

松原始(東京大学総合研究博物館特任准教授)

出版計画再構築中(1)

 この三月末で定年を迎えた。インターメディアテクの館長職はいま少し継続することになった。博物館勤務は都合二十三年になるが、その間、傍らに置き去りにしてきた関心事がいくつもある。ひとつは「十五世紀プロヴァンス絵画史研究」と「キリスト教図像学」の宗教美術研究。この研究課題では、戦前の日本人の残した南仏古画紀行の先見性、宗教美術における「ことば」と「イメージ」の相関性、美術作品に有する物理的な組成など、語りたいことが山ほどある。しかし、出版環境は絶望的である。部数のでない専門書の出版を敢えて引き受ける、勇気ある書店がどこにも見当たらないからである。この点では、欧米の方がいくらかましかも知れない。売れない本は出さないとの考え方に違いはないが、しかし、内容が有意であると見れば、少部数の刊行に踏み切ってくれるところもなくはないからである。問題は論法を欧米風に切り替えねばならないこと。これがかなり大変、と言えば大変である。

西野嘉章(インターメディアテク館長、東京大学総合研究博物館特任教授)