JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
研究者コラム

溶接のこと

 日ごろからご来館誠にありがとうございます。こっそり始まりました研究者コラムお楽しみ頂けてますか?
 華の無い画像で大変恐縮でございますが真鍮の什器、館内で展示物を載せているアレ、の製作を本郷本館の地下でしている様子です。
 什器は、載せる物の固定・転倒防止をし展示物の保全のためもありますが、載せる展示物の魅力をそっと引き出だす目的もございます。
 ご観覧される方に自分からどんどん魅力を主張できる展示物もありますが、その一方それらの陰に隠れてなかなか自分を主張できない展示物もございます。そんな主張の弱い展示物の背中をそっと押すような気持ちで製作した什器に載せております。ご観覧の際は、そんな展示物にも目を留めていただければ幸いです。
 なので 什器としては、“自分が目立たない”のが正解、注目されたら負けなんです。
※ロウ付けのため真鍮の部材をステンレスの針金で仮留めします。耐火ブロックは、直前に粉砕しました。

中坪啓人(東京大学総合研究博物館特任研究員)

エアトン教授の机 <東京大学 木製什器1>

 インターメディアテクの窓辺にひっそりと佇んでいる木製の机がある。この机に近づくと自らの身体感覚によって、ほんの僅かな違和感を感じ取ることができる。この机は、1873年にイギリスより工部省工学寮工学校に招かれた世界最初の電気工学教授、W・E・エアトン教授が自ら設計し大工が製作した執務机である。床から天板まで780mm。インターメディアテクでは、東京帝国大学・東京大学の講義室や研究室で使用していた木製机を収蔵展示しているが大半は床から天板まで755mmである。2017年現在、大手家具メーカーで販売している既製品のオフィスデスクは天板まで720mm。自分の身体に合う家具の身体性とは、想像を越える心地良さに集中力は増すばかりであろう。「身体」つながりでいうと、エアトン教授と一緒に来日した夫人のM・C・エアトンは医学研究者で滞在中に『日本人の体格と身体の形成』という論文を書いているのが興味深い。時代を超えて、この机から様々な身体性に馳せる時が味わえる。

上野恵理子(東京大学総合研究博物館特任研究員)

イギリスと日本の漆

 2017年5月より、ロンドンに滞在し研究活動をおこなっている。ヴィクトリア&アルバート美術館にて、イギリスにおける油性塗料と漆の比較研究をするためである。とりわけ、18世紀頃に、西洋で流行した「ジャパニング」と呼ばれる漆を模した油性塗料は興味深い。ロンドンでは調査に加え、日本から様々な材料を持ち込み、現地で調達した材料と合わせて、実験的な制作も進めている。この度、制作物の一つが同美術館にて開催される「Lustrous Surfaces」展に展示される事となった。本展覧会は、日本、中国、韓国おける漆器を含む作品の表層に着目した展覧会である。日本の風土に適した素材とも言える漆をイギリスで使用することに、多少の不安も感じつつも制作を進めたが、特に問題もなく乾燥する漆を見て、改めて素材の強さを実感している。まもなく滞在を終え日本に帰国する予定である。日本食が恋しくなる一方、いささか名残惜しい部分もある。

菊池敏正(東京大学総合研究博物館特任助教)

鏡の中の自分はなぜ左右が逆さ?

 理科の先生にこんな質問をして困らせたことがあった。理科の先生は、光の反射の対称性を懇切丁寧に説明してくれたのを記憶している。しかし、問題が対称であればあるほど、上下が逆さにならず、左右だけが逆さになるという非対称性に矛盾を感じるようになるばかり。
 しかし、数日たってほどなく、理科の先生に質問したのは誤りであることに気づいた。国語の先生に質問するべきだった。問題は光の原理にあるのではなく、「上・下」と「左・右」という二つの言葉の性質の違いにあることに気づいた。「上・下」は自分が見ている方向によらず、常に方向が保たれる絶対的な性質をもつ語である。一方、「左・右」は、見ている方向に基づき、方向が決まる相対的な性質を持つ語である。改めて鏡をのぞきこむと、鏡は、本来物理的には左右を逆さにするものではなく、前後を入れ替える道具であり、前後が入れ替われば、その言葉の性質によって自ずと左右が入れ替わる。「私から向かって右」というように、前方を明示的に規定すれば、鏡の中でも入れ替わることがない。
 少々気張っていうならば、物理学的な問題は往々にして言葉の問題であったりするものだ。

森洋久(東京大学総合研究博物館准教授)

富士山の雲、ウプサラの雲

 先月、スウェーデンのウプサラ大学博物館「グスタヴィアヌム」にて特別展示『雲の計測――阿部正直が見た富士山』を設営してきた。富士山の山頂に現れる雲を絶え間なく撮影し、その生成過程と種類を分析し続けた阿部正直(1891-1966年)の先駆者は、実はウプサラにいた。1896年にパリで初めて出版された『国際雲アトラス』は、ウプサラに研究拠点を置いていた気象学者ヒューゴ・ヒルデブランド・ヒルデブランドソン(1838-1925年)の主導のもとで構想された。今でも日本の雲を見慣れた目でウプサラの秋の空を眺めると、独特な広がりと濃度を持つ雲が目立つ。雲はどこでも雲であるが、地域によってその形が限りなく変化しているように見える。19世紀末にヒルデブランドソンとともに世界各地の雲の共通点を探り、普遍的な雲の定型を定めたラルフ・アバークロンビーやアルベルト・リッゲンバッハの斬新な着想と偉大な計画に改めて感心した。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

インターメディアデザイン その一

 おそらく多くの研究者がそうであろう。私の場合は自身について名告るとき、まず“デザインの研究を…”と述べる。誰もがわかるその語句と曖昧模糊としたその語意に、消化不良でもあれば “デザインの研究とはなにか?”と問われる。矢継ぎ早に“様々なデザインの…云々”と補足こそするが、内容に踏み込むほどに難解にもなりかねない。むしろ、名刺代わりに展示室を一巡りするのがいちばんだ。“百聞は一見にしかず“でなければ相手にとって得られるものは何もない。デザインの仕事を物証なしに語ることはほぼ不可能だからだ。インターメディアテクに存在するデザインを私は「インターメディアデザイン」と称している。元来デザインの領域とは、まるで星座のごとく形成されるもの。ひとつのジャンルで語ることはできない。あらゆるジャンルを架橋する、あるいは統合する、それがすなわちインターメディアデザインである。

関岡裕之(東京大学総合研究博物館特任准教授)

阿部正直のガラス乾板写真

 昭和初期の気象学者阿部正直のガラス乾板を整理している。概ね縦120mm、横164mmのキャビネ判約1840枚のほか、手札サイズ335枚がある。阿部が昭和3(1928)年から16年にかけて御殿場から撮影した富士山にかかる雲の記録写真の他、著書や論文の図版に使用した撮影器具・計測器具の写真、気流実験の写真などである。状態は良好で、簡単なクリーニングをし、スキャナーでスキャンをしている。現在約1680枚のスキャンを終えた。その後フォトショップで角度を直し、白黒を反転させる。1枚あたり計10分ちかく要する根気のいる作業だが、反転させて現れる写真は自然の織りなす美しい造形の数々であり、霊峰富士の名に相応しい雄姿をみせてくれる。阿部正直が富士山と千変万化の雲に魅せられたのも肯首できる。

白石愛(東京大学総合研究博物館特任助教)

建築の記憶

 建築の記憶を一つの造形物にまとめたらどうなるか。その実験試行として制作した模型である。古代エジプトから現代までのさまざまな建築を立体的にコラージュし、3Dプリンタで出力している。カルナック神殿、パンテオン、ランス大聖堂、東大寺南大門、桂離宮書院、サヴォア邸、森山邸など作者の記憶に残る内外30以上の建築が、おおむね古い順に下から組み上げられた。ファサード、外観形態、内部空間、骨格構造といった、その建築の特徴的な部分を縮尺1/300で表現している。建築単体を再現した「縮小模型」、建築の部分を抽出した「空間標本」に続く、建築を集成統合する第三の模型表現の試みである。ここで選択された建築群は、建築史の流れを網羅的にカバーするものではない。しかし時代の推移とともに、建築の物象においては量塊的なものから繊細なものへ、空間においては閉じたものから開かれたものへ、という大きな変化の流れが見えてくる。(模型『建築の記憶』は東京大学総合研究博物館小石川分館で常設展示中)

松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)

インドに咲く花、あるいはインドに散る花

 特別展示『植物画の黄金時代—英国キュー王立植物園の精華から』の会場で、注目していただきたい植物画がある。イギリス人植物学者がインドで現地の画家を雇い入れて描かせた「カンパニー画」である。この呼称は、絵画制作の依頼主がイギリス東インド会社(=カンパニー)社員であったことに由来する。インドとヨーロッパとの混合様式である、とその絵画様式の特徴を一言で説明はできるものの、ムガル帝国が没落し、イギリスが商業的・政治的にインド支配を進めた当時の社会状況からわかるように、両者は決して対等な関係ではない。主観的な印象を述べることが許されるならば、ヨーロッパの自然主義的表現を求められたインド人画家の筆先から、封印したはずの自分のルーツとなる伝統的美意識が図らずもほとばしり出た瞬間が留められているような気がする。そのような名もなきインド人画家を主人公にした小説をいつか書くとしたら、「インドに咲く花」というタイトルにしようか。いや「インドに散る花」がよいか。植物画を前に、想像の花も開いた。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

IMT特別展示「植物画の黄金時代—英国キュー王立植物園の精華から」に寄せて

 キュー王立植物園より28点の植物画を借りて、展示を行うことになった。植物園というと、緑あふれる憩いの場を想像する人も多いに違いない。しかし、キューがキューたるゆえんは、大規模な研究機関として存在感を示し続けていることにある。古くから植物に関する豊富な資料を蓄積してきており、植物画もその一部である。植物は、乾燥させて標本にすると、本来の色彩や立体感を失う。乾燥標本も情報を残す貴重な手段であり、見た目にも美しいとはいえ、「植物の素顔」を後世に伝えようと思うなら、植物画家の技に頼らざるを得ない。白の紙を背景とするなど、一定のルールに基づき、紙面という限られた空間に、どう植物を配置し情報を散りばめるか、そこが工夫のしどころである。「生きている植物」をいきいきとした姿で伝えるのが植物画だ。本展の図録表紙やポスターに使われている、著名な植物画家ゲオルク・ディオニシウス・エーレト(1708-1770)のチューリップ図を見れば一目瞭然だろう。まさに平面から飛び出して来んばかりではないか。

秋篠宮眞子(東京大学総合研究博物館特任研究員)

「ジャズ・ディスコブラフィー」の迷宮

 2013年から蓄音機音楽会を定期的に開催している。その間「湯瀬哲コレクション」のデータベース化に向けてSPレコードの整理を進めてきた。SPレコードのシングル盤約5000枚、アルバム約380冊を含むコレクションは、インターネットのない時代に個人によって構築されたとは思えない。現物を見ながらレコードの各面に収録されている曲の録音情報を調査し、データとして纏めると多くの発見がある。湯瀬氏がレコード蒐集に没頭していた時代は、個人の調べそして国内外のアマチュアとの文通がジャズ史に関する基本情報を得る唯一の方法だった。しかし主要大学に「ジャズ・スタディーズ」部門が設立されている現在、レコードのデータ目録に「ビッグ・データ」が導入されつつある。万単位でレコード情報を分析すると、戦後日本におけるジャズ市場の動向や流通状況が見えてくる。今まで静かに佇んでいたコレクションの個々のレコードの間に、新たな関係性が生まれつつある。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

夏鳥の季節

 インターメディアテク(IMT)のStudiolo(収蔵展示室)には多数の鳥類剥製がある。階段を上がった正面に見える部分は、山階標本の定位置であり、当館の「顔」の一つであろう。
 IMTのオープン以来、この鳥たちの配列は変化し続けている。分類群で並べるか、色味や見え方を意識するか、何かテーマに沿って配置するか、それは我々の意図であり、企画であり、時に遊び心である。
 今、Studioloの角、オナガドリの左側部分には、夏鳥が到来中だ。キビタキ、オオルリ、サメビタキ、コチドリ、コアジサシ、アオバズク、ヒメアマツバメ、ショウドウツバメ、オオヨシキリなど、東南アジアから飛来して日本で繁殖する鳥たちが並んでいる。棚の上の、ライオンのようなタテガミを持った2羽は、渡りの途中で日本に立ち寄ったエリマキシギ。残念ながら日本ではこの繁殖羽をまとった姿は見られないが、せめて、標本で確認して行って頂きたい。

松原始(東京大学総合研究博物館特任准教授)

鳥たちの森

 インターメディアテク(IMT)の大階段を登りきったところに広がるガラス張りの収蔵展示室、それがStudioloである。ここには山階鳥類研究所よりの寄託、(旧)老田野鳥館よりの寄贈を含む鳥類標本約500点が収蔵されている。一部では京極夏彦氏の小説になぞらえて「由良伯爵の部屋」と呼んで頂いているようだが、デスクと椅子とタイプライターと羽ペンもあって、確かにそんな雰囲気はある。デスクは法学部の教授室備品だったもの、タイプライターも学内でかつて使われていたローヤル製のものだ。
 私の中で、あのデスクは「先生の机」であり、姿を見せない謎の教授がいる、という設定である。先生は今、日本産の鶏の一品種である天草大王の標本を山階鳥研から借りて研究中らしい。足にまで生えた正羽が特徴だ。机の上にはハシブトガラス(骨格)も止まっている。なお、羽ペンは私が先生にお貸しした。

松原始(東京大学総合研究博物館特任准教授)

出版計画再構築中(1)

 この三月末で定年を迎えた。インターメディアテクの館長職はいま少し継続することになった。博物館勤務は都合二十三年になるが、その間、傍らに置き去りにしてきた関心事がいくつもある。ひとつは「十五世紀プロヴァンス絵画史研究」と「キリスト教図像学」の宗教美術研究。この研究課題では、戦前の日本人の残した南仏古画紀行の先見性、宗教美術における「ことば」と「イメージ」の相関性、美術作品に有する物理的な組成など、語りたいことが山ほどある。しかし、出版環境は絶望的である。部数のでない専門書の出版を敢えて引き受ける、勇気ある書店がどこにも見当たらないからである。この点では、欧米の方がいくらかましかも知れない。売れない本は出さないとの考え方に違いはないが、しかし、内容が有意であると見れば、少部数の刊行に踏み切ってくれるところもなくはないからである。問題は論法を欧米風に切り替えねばならないこと。これがかなり大変、と言えば大変である。

西野嘉章(インターメディアテク館長、東京大学総合研究博物館特任教授)