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HAGAKI
研究者コラム

ラピッド・レスポンス・コレクティング

 暴動や災害など大規模な異変が起きると、まずは救急隊と治安部隊、そして記者とカメラマンが駆けつける。その間、学芸員は博物館の収蔵庫に籠もってお宝を守る。これが緊急時のそれぞれの役割とされてきた。しかし近年、学芸員のなかでこの鉄則に逆らう動きが生じている。緊急時だからこそ外へ出て、その時にしか入手できない、出来事の物証なるモノを収集する。例えばデモであれば、ビラやプラカード。一時的な役目を終え、時の流れとともに消えて行くモノ(とりわけ印刷物)を「エフェメラ」と呼ぶ。書籍や標本と違って保存されないので、100年前のエフェメラは希少である。半世紀前の学生運動のビラ類がそのようにして再評価され、一部は高価なミュージアム・ピースとなっている。50年後のミュージアムを想像して、モノがタダ同然で手に入るうちに収集する方法を「ラピッド・レスポンス・コレクティング」という。今回のパンデミックのなかでも、社会に迷惑をかけない範囲で象徴的なモノの収集を呼びかけ、画像や言葉による証言を募る館が多い。臨時休館もしくは厳しい制限を伴う開館を余儀なくされるミュージアムにとって、マンネリ化した従来の運営を理想とした限定的な復旧を目指すのではなく、斬新かつ肯定的な活動を見出すタイミングでもある。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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