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研究者コラム

エクス・リブリス

 フレデリック・ワイズマン監督の映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(2017年)。本館を含む計92館からなる図書館システムの舞台裏を取材したドキュメンタリーである。図書館に関わるさまざまな立場の人間にフォーカスすることで、公共施設の実態と課題をさぐり出す。「図書館は単なる書庫ではない。何かを知りたい人々が集まる場である」 作中の建築家の発言が本作の性格を言いあてている。ワイズマンは施設の事前リサーチをしないという。205分の作品を貫く制作者のポリシーを二つ感じた。第一に「言葉の連なりの抽出」である。会議や講座などの諸活動での発言を、主張への評価を交えずに次々にすくい取る。これらの言葉は作品内で徐々に連関し、多様な課題に気づく契機となる。第二に「顔の表情の描写」である。喋る人間のみならず、それを聞く人間の風貌も実におびただしい。多様な人種、民族、職能をめぐる生きたコミュニケーションの記録である。「言葉の連なり」と「顔の表情」は、絶妙な相互作用によって、映像に不断の持続性と固有性をもたらしている。公共性とは何かという単独の結論には向かわない。ワイズマンの驚異的な統合の直観によって再構築された、多元文化に開かれた場所への讃歌である。「エクス・リブリス」の名の通り、この見応えのある分厚いホンも図書館の蔵書の一つになる。

松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)

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