JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
HAGAKI
研究者コラム

インターメディアテク・レコード・コレクション(3)
10インチと12インチの差

 1920年代、録音が持つ可能性を自覚していなかった演奏家は少なくない。のちにポピュラー音楽のカリスマとなり、無数のレコードを出したファッツ・ウォーラーもその一人だった。若きウォーラーは、定職として映画館で上映の伴奏し、作曲したメロディーを音楽出版社に安価で譲り、生演奏で生計を立てていた。ところが1930年代からレコードが爆発的に売れるようになると、ウォーラーは気に入らないポップス・ソングを次々と吹き込まされるようになる。嫌気がさしたウォーラーはそのメロディーが崩れるまで大げさに歌うことが多々あったが、皮肉なことに、曲を崩せば崩すほど、レコードはよく売れた。とはいえ、ウォーラーは真剣な録音にも取り組んだ。1937年には4分半に及ぶ名演奏を2度吹き込んだが、その曲は10インチSP盤に収まるように約3分にカットされ、ヴィクター社25779盤として発売された。アンカットの録音が12インチ盤で発売されたのは、ずいぶん後のことだった。その理由は単純だった。1937年にはまだ、12インチはクラシック音楽の特権であり、ウォーラーの音楽は大判レコードに収録する価値がないとされていたからだった。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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