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研究者コラム

相良知安、ベルツ、文化資源
Sagara Chian, Baeltz, and Cultural Resources

 2021年8月にサウンドレイヤーアプリ「onIMT」の音声レイヤー『独逸医学の導入と相良知安—医学生が語る医学史』を公開した。特別公開『独逸医家の風貌』(2022年9月13日−12月11日)は、このレイヤーと連動した企画となっている。同レイヤーでは、明治新政府に独逸医学の採用を進言したことで知られる相良知安に光を当てた。『独逸医家の風貌』展では、知安に関する資料として、三宅コレクションより、独逸医学導入に尽力した知安を日本医学制度創設の功績者として顕彰するために東京大学構内に建立された記念碑の拓本を紹介している。この記念碑は現在、元の場所から移設され、附属病院の入院棟玄関前、道路を挟んだ藤棚のところにある。そして、記念碑の近く、記念碑と入院棟玄関の間の道路の中央にある丸い小さな木立には、「ベルツの庭石」と呼ばれる、旧富山藩(加賀前田家の支藩)の庭石が移設されている。ベルツの住んだ教師館が旧富山藩の庭園の隣にあり、ベルツが庭を愛でていたことにちなむ名がつく。知安の弟・相良元貞は、独逸医学導入を政府が決定してまもなく、明治3(1870)年に政府派遣の第一回留学生の一人として独逸(ベルリン大学)に赴く。留学中に重い病気にかかり、ライプチヒ大学付属病院に入院し、同大学で臨床諸学科を学んでいたベルツの献身的な治療を受けた。そのことがのちのベルツの日本招聘の一因をなしたといわれる。現在、本郷キャンパス内で見ることのできる独逸医家関係の文化資源として、石に姿を変えて、知安とベルツが隣人になっているのも縁が深いようで興味深い。写真は左が相良知安先生記念碑、右がベルツの庭石。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada

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