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研究者コラム

シュンラン(ラン科)

 3階にて特別公開中の「山田壽雄植物写生図」は、特別展示『蘭花百姿−東京大学植物画コレクションより』(2021年6月19日−9月26日)の開催に合わせ、一足先に、ラン科を含む単子葉植物の図を紹介する『東大植物学と植物画−牧野富太郎と山田壽雄vol.3』として展示更新を行い、6月8日より公開する。そのなかの一つである本図の裏面には「明治45. 5. 20 鎌倉産. 牧野先生採集」との書付があるため、植物学者の牧野富太郎が山田のもとへ持ち込んだ花が描かれたものとわかる。小説家で童話作家の小川未明の作品「らんの花」は、お茶の香りの話から始まる。そのお茶には「白いらんの花」が入っている。主人公の詩人は、その不思議な香気に魂を酔わされたように感じた経験から、蘭に興味をもつようになる。最後のシーンも、蘭の香りが印象的に描かれる。友人の故郷の品で「らんの花」を漬けたものを湯に入れて出されたのを飲んで、主人公はそれが採れたという山に蘭を探しに行く。五月半ばのまだ雪がところどころに残る山で、主人公は蘭の芳香をかぐものの、足を踏み外して谷底に転落し、ついぞ花を見ることはなかった。未明は「白」という色に特別な意味を込め、「白いらん」を創作していると思われるが、蘭の花が香り高いことで知られるのは事実である。春蘭(シュンラン)はその名の通り春を告げる花として日本で古くから親しまれてきた植物で、花を塩漬けにしてお茶として香りを楽しむことがある。本図に描かれたシュンランは、花と茎のみ彩色されている。牧野が山田にもたらした花も良い香りがしていただろうか、未明が創作の着想源にしたのはこのような花だっただろうか、画面の大半を占める未彩色の部分にも誘われて、あれこれ思い巡らされる。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

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