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HAGAKI
研究者コラム

オイヌサマのいる所(その1)
Where the sacred wolves are (1)

 埼玉県、武甲山の麓の武甲御嶽神社にある4体の狛犬は、いずれもオオカミを象っている。秩父は山岳信仰や狼信仰の拠点の一つであり、オオカミは犬神、あるいは大口之真神として敬われ、「オイヌサマ」と呼ばれたのだ。写真の「狛狼」の製作年代はわからないが、大きな頭、深く裂けた口、ずらりと並ぶ牙、垂れ気味の丸耳、肋骨が浮くほど痩せた体は江戸時代の絵図にも見られるオオカミの特徴だ。実際にどうだったかはともかく、そのように認識されていたのは確かだろう。また、写真の像は前肢の筋肉を現すような彫りが際立っている。まるで仁王像のようにも見えるそれは、犬とは違う強力な生物であることを示しているようだ。ニホンオオカミは明治38年を最後に確認されておらず、絶滅したと考えられている。秩父では2006年にオオカミの目撃情報とされるものがあるが、この像を見ながら、さすがにいないだろうという判断と、この山にはオオカミが似つかわしいという思いが交錯した。

松原始(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Hajime Matsubara

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