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HAGAKI
研究者コラム

新しい近接性

 新型コロナウイルス感染症が流行する状況下では、人的密度を低減し、不要な移動を抑制し、業務や学習を遠隔化し、シールドや隔壁で区分するといった生活様式が提唱されている。今後の社会の本質的な課題は、人間を離し、隔てることではなく、社会環境のなかで人間どうしの「近接性」をいかに再構築するかにあると考えている。近接性の概念は、動物行動学の「なわばり行動」に由来する。なわばりで個体密度を調整することによって種の繁栄が保証される。その観察を参照しつつ、文化人類学者のエドワード・ホールは『かくれた次元』において、人間による空間認識に関わる「プロクセミクス(proxemics、近接空間学)」を提唱した。ホールは人間どうしの関係を、密接距離、個体距離、社会距離、公衆距離という4つの距離帯によって説明した。これらの空間知覚によって人間が独自の「文化の次元」を創りだしたという。プロクセミクスの骨子は「距離の近さ」に応じた人間行動の理解である。現代のコロナ禍における生活様式では、人間が密集せずに社会距離を保つことが要請されている。人間どうしを遠ざけることは、過密な都市環境では容易ではなく、一方でICTを駆使した遠隔や非同期の交流も盛んである。近接性は「距離の近さ」だけで決まるものではなく「つながりの強さ」の選択によって変わる操作可能な概念ではないか。写真は小石川分館で開催中の特別展示『ボトルビルダーズ—古代アンデス、壺中のラビリンス』(企画:鶴見英成助教)における会場配置である。2Mの社会距離を確保しつつ、回遊性というつながりを両立させている。

松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)

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