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HAGAKI
研究者コラム

シロウマアサツキ(ヒガンバナ科)

 独文学者・高橋義孝のエッセイ「春の弥生は」に、酒飲みで町歩きの好きな友人と新橋の一杯飲屋の暖簾をくぐり、「あさつきのぬた」を注文する話が出てくる。高橋と友人は、続いて木の芽和えを注文するが、どちらの肴も香りを嗅ぐ程度に一口、二口しか食べない。「あさつき[原文傍点]のぬた[々]と木の芽和えを前に置いてコップ酒を呷っているわれわれふたりがつまり春そのものなのである」。華はないが、味のある春の描写である。「山田壽雄植物写生図」(3階に展示中)のシロウマアサツキはすっすっと筒状の葉が伸びた姿が写されている。展示はしていないが、別の一点に花をつけた図があり、こちらは書込から大正4年8月12日に白馬山で採取されたものを山田が描いたことがわかる。一方、本図は裏面に「シロウマアサツキ」の書込があるのみで、制作年月日等はわからない。花が描かれていない故に、高橋のエッセイを思い起こしながら本図の二本のアサツキを眺めると、春の夕暮れに薄く霞か靄が立ち込めた東京の何とも乙な風情が立ち現れる気がしてくる。ちなみに、厳密に言えば、シロウマアサツキはアサツキと同じくネギ属であるが、高山に生える多年草で、地方版レッドデータブックに掲載されている場合があるので、ぬたにして食すのは想像に留めておきたいと思う。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)

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