JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
HAGAKI
研究者コラム

展示の天地
How should the top and bottom of a picture be determined?

 実業家の加賀正太郎が京都・大山崎山荘の温室にて栽培した外国産蘭を記録した大型植物図譜『蘭花譜』(1946年)に収められた木版画は、それぞれ四角に窓が抜かれた二つ折の台紙に、名称等を記したスリップを添えて貼付されている。なかには、台紙に対して本紙を傾けて貼っているものもあるので、作り手が窓から絵がどう見えるかを意識し、角度まで微調整して図譜を仕上げていたことがわかる。特別公開『カトレヤ変奏―蘭花百姿コロンビアヴァージョン』では、『蘭花譜』を5回に分けて4点ずつ紹介している。第2回(3/7−3/26)にて展示するもののなかに「エピデンドラム・パーキンソニアナム」(写真右下)がある。本種はラテンアメリカ産の蘭で、エピデンドラム属はカトレヤの仲間と言われる。この図譜は、台紙の折りとスリップの向きによれば、葉や花が下から立ち上がる画面を正体としていると考えられる。しかし、着生ランの本種が生育する様子を撮影した写真を見てみると、多くは樹上などから垂れ下がっており、花部の白色の唇弁が下向きに広がっている。これに比べると、絵の花の上下が逆さになるのは不自然である。さて、展示する時の絵の天地は、図譜を仕上げた作り手の意図に従うか、植物の自然な状態を示すか。加賀正太郎は「蘭花譜序」にて、『蘭花譜』の下絵を手がけた日本画家の池田瑞月が大山崎山荘の温室で蘭を写生して研鑽を積み、いっそう自分の意にかなう木版画の下絵を得たと述べている。瑞月がこの蘭についても温室にて生きた姿を見て描いているのであれば、垂れ下がって生育する様子を写し取っているだろう。この点も考え合わせて、植物の自然な状態を表す向きで展示することに決めた。そう判断したのだが、やはり展示したのとは天地を逆さにした画面、すなわち、右下に重心を置き、左上に余白を取った構成の方が、すっと縦に立ち上がる葉、そして画面中央の花から左下の花へと視線が誘導され、絵として美しく感じられる。これこそが瑞月の選んだ構図かもしれない。この図譜を次に展示する機会があれば、また改めて天地を悩んでみることにしようと思う。なお、第2回の展示では、『蘭花譜』とともに今回の特別公開で紹介しているコロンビアの蘭の植物画のうちの1点を、「エピデンドラム・パーキンソニアナム」と同じ属の「エピデンドラム・ティプロイデウム」(写真右上)に更新している。これらの比較も楽しんでほしい。

寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada

コラム一覧に戻る