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HAGAKI
研究者コラム

インターメディアテク・レコード・コレクション(8)
テナーサックスの誕生

 ミュージアム・コレクションに漆黒のSPレコードが数千枚並ぶなか、特別な重みを持つアイテムがいくつかある。なかでもどのジャズ・ファンでも敬愛する一枚が、ブルーバードB10523番として発売された10インチ盤である。紺色のラベルには蓄音機に耳を傾ける犬の絵(ヴィクター社のロゴ「ニッパー」)、レーベル名とコールマン・ホーキンス・オーケストラの名前、そして曲名「身も心も」が金色で印字されている。レコードに針を落とすと、3分間の完全なる至福がくり広がる。1939年10月11日、5年に亘る欧州滞在を経たホーキンスがニューヨークのスタジオで吹き込んだのは、当時スタンダードの格にまで至ってなかった1930年作曲のバラードだった。ところがホーキンスは曲の主旋律にほぼ言及せず、熟練の技量を披露すべく、重層的な即興に臨んだ。曲が終わると、「身も心も」がようやく最終形に至ったという実感とともに、ここでモダン・テナーサックスが生まれたことが分かる。A面があまりにも有名なので、B面の「ファイン・ディナー」をそっくり見落としてしまう人は少なくない。

大澤啓(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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