JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
HAGAKI
研究者コラム

ベルギーの大地球儀
Large Globe from Belgium

 2022年の11月28日から12月2日まで、東京国立文化財研究所で世界動物考古学会議の西アジア分科会が開かれた。日本では久しぶりの完全対面式の国際会議である。その参加者らがインターメディアテクを見学したいと言うから案内役を引き受けた。インターメディアテクでは動物骨格や剥製をたくさん展示している。動物を研究している海外からの参加者約40名はみなさん興味津々、充実した時間を過ごせたことを感謝して帰っていかれた。また、インターメディアテクの世界観に感銘を受けたとのメッセージもよせられた。
 案内中、ベルギーからの参加者もおられたので、常設展示中のベルギー製大地球儀を紹介し、その由来について話したところ、実に熱心に質問してこられる。また、解説文をしゃがみ込んでまで読んでおられる。どうしてそんなに興味がわいたのか当惑しつつも尋ねてみると、何と、この地球儀がベルギーから日本にやってきた昭和初期の両国間関係をテーマとした特別展が、現在、ルーヴァン大学図書館で開催中なのだと言う。
 と言われても、大地球儀がどんなものかをご存じない方には合点がいかないことだろう。この地球儀の由来や意義については、2016年にインターメディアテクで開催した日本・ベルギー国交樹立150周年記念展の紹介文をまずはご覧いただきたい。[リンク先]
 要は、1914年、ドイツ軍の攻撃にてルーヴァン大学の図書館が焼失。日本は、その復興支援を決定。1923年、今度は関東大震災にて東京帝大図書館が焼失。にもかかわらず、日本側は国内に残存する貴重書を集めてルーヴァン大学に約1万4000冊を寄贈。これに対し、ベルギー側は東京帝大図書館復興のための義援金を提供。この義援金で東京帝大はベルギー地理学協会に地球儀の製作を発注。そうして、ようやく1937年に日本側に到着したのが展示中の大地球儀というわけである。
 なぜ、そんなに熱心に日本側が支援や交流をすすめたのか。単なる善意や学術目的だけでなく、日本文化の西洋への紹介、日本の国際的地位向上、等々、第二次大戦前の国際情勢にもとづく政治的判断があったからに相違ない。大地球儀は、それらをひっくるめた昭和初期の歴史を紐解くための希有な物証なのである。ベルギーから参加した動物考古学者もそれを理解したからこその関心ぶりだったのであろう。
 実は、インターメディアテクで開催した2016年の展覧会紹介文には、東京帝大がルーヴァン大学に寄贈した約1万4000冊の書籍は、1940年、再びの戦禍の中、灰燼に帰したと述べてある。[リンク先] 
 しかし、今回のルーヴァンの展覧会によって、それらが良好な状態で保存されていたことを知った。寄贈書の大半は江戸期の作品を中心とした、今や稀覯本の数々。江戸文化を研究するのに実に優れた資料であるのみならず、大地球儀と同じく、昭和の歴史を語る第一級の標本群である。それらが、無傷で残されていたことはまことに喜ばしいと言うよりない。西アジアの動物考古学会議という、およそ無関係に見える集会に係わったことで、畑違いの昭和の歴史にまで思いを馳せることとなった。情報源としての学術標本の奥深さを改めて実感した次第である。
 ルーヴァン大学の展覧会の会期は10月28日から2023年の1月15日まで。図録(解説本)は無料でダウンロードできる。[リンク先]

西秋良宏(インターメディアテク館長・東京大学総合研究博物館館長/教授)
Yoshihiro Nishiaki

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