[特別展示『植物顔––日本・フィリピンの草木花実写真』の会場中央には、2点の鳥類標本を配置している。ジャン・マヨが撮影した色鮮やかで多様な植物の姿を背景にして切り取ると、その光景は現代的な花鳥画のようであり、日本とフィリピンの在来植物を新たな目で眺める契機となる。展示中のコウハシショウビン(写真)とシュバシサトウチョウ(いずれも山階鳥類研究所所蔵、東京大学総合研究博物館寄託)は、山村八重子(1899−1996)がフィリピンで収集し、1926年9月11日に八重子の名で東宮仮御所内生物学御研究所へ献上したものである。八重子は、父の山村楳次郎(1865−1949)が1917年より椰子園を経営したフィリピン南東部のバシラン島に1925年から1926年にかけて滞在し、その間に鳥類・魚類・昆虫類・貝類・サンゴなどを数多く収集した。1936年10月にはケソン大統領の招待を受けて父とともに国際的祭典に参列し、式後はバシラン島をはじめとする各地でさらに標本を収集し、1937年3月に帰国した。その帰国は、当時の新聞にも大きく報じられている。八重子が収集した標本は、当時の学術界から高い関心を集め、東京帝国大学等の主要な研究機関に寄贈された。現在、東京大学総合研究博物館にも魚類標本633点が残る。フィリピンで多数の生物標本を収集した日本人初の女性博物学者に位置づけられる八重子の存在は、当時、女性であるがゆえに注目され、その後は女性であったがゆえに忘れられた側面が否めないだろう。本展示で2点の鳥類標本を通じて八重子を紹介することは、日本とフィリピンの交流史の一端を今日に伝えるとともに、科学史・文化史・社会史におけるジェンダーの問題、さらにはミュージアムとジェンダーの視点を考えるうえでも少なからぬ意義があると思っている。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada