実業家の加賀正太郎が京都の大山崎山荘の温室にて栽培した蘭を記録した『蘭花譜』には、台湾固有種のタイリントキソウを描いたものがある。これは、台湾の蘭が戦前の日本で蘭愛好家の手により栽培されていた歴史を物語る。今回の『台湾蘭花百姿』展では、『蘭花譜』より、大山崎山荘で作出された栽培品種の図譜も紹介している。展示更新後の東京展の後期展示(4月15日−6月8日)では、日本画家の池田瑞月が下絵を手がけ、精緻で色彩豊かな多色刷り木版画で表された大判の植物図譜「シプリペディウム・ユーフラシア・オオヤマザキ」と「シンビジウム・ドッテレル・オオヤマザキ」の2点を会場にて見ることができる。これら栽培品種の図譜を『台湾蘭花百姿』展に組み入れたのは、日台の蘭栽培交流史をその背景に見出せるからである。大山崎山荘で蘭栽培に従事した後藤兼吉は、新宿御苑の出身で、蘭栽培の知識を惜しみなく後進に授けたといわれる。後藤が蘭栽培を指導したなかには、のちに台湾で活躍した技術者らが含まれていた。また、後藤のもとから、つまり大山崎山荘から、実生や開花株が台湾に渡り、それが台湾における洋蘭栽培の発展に寄与している。日台の蘭栽培交流史は、まだまだ私のなかで調べが足りていない。『蘭花譜』は、さらにそのテーマでの調査研究を広げていける可能性をもった資料体であるだろう。
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
Ayumi Terada