JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク

Mode & Science IV by Naoki Takizawa / eCornuCopia

2011.12.01-2011.12.03
小石川分館

 東日本大震災の経験を経て構想された「人とその生活を庇護するものとしての服」というコンセプトによる滝沢直己特任教授デザインのモードの展覧会。「モード&サイエンス」シリーズの第四回展として、造形的な着想源を博物館に蓄積されている古い学術標本のうち「貝殻」に求めた。貝にとって、その殻は自身を庇護する服であり、家である。「エコ」(家)と「コルヌコピア」(生産性に富む貝殻)を結ぶ造語を展覧会タイトルに掲げ、新たなファッション創造を提示するのみならず、人間にとって、安寧の場としての「最小ハウス」のコンセプトを、あらためて世に問う展覧会ともなった。

インターメディアテク・プレイベント
eCornuCopia
MODE & SCIENCE Ⅳ BY NAOKI TAKIZAWA
会期:2011年12月1日[木]、2日[金]、3日[土]
開館時間:10:00~16:30 (入館は16:00まで)
会場:東京大学総合研究博物館(小石川分館)
入館料:無料



Ecornucopia——Natural History IV by Naoki Takizawa
西野嘉章(東京大学総合研究博物館館長)
 東京大学総合研究博物館が小石川分館を舞台にして、「アート&サイエンス」を標榜するイヴェントや展覧会をおこなうようになり、早いもので十年の歳月が経とうとしています。その大枠のもとで、「モード&サイエンス」に挑戦し始めたのは、いまから五年ほど前のことです。万事を自分たちの手のうちでおこなう。それが、わたしたちのポリシーでありましたから、当初はあまり大きな夢を抱くこともなかったわけですが、ファッション・デザイナーの滝沢直己さんの協力を得るようになってからは、プロジェクトが本格化し、海外への情報発信の機会も眼に見えて増えてきています。昨年のコレクション「Anthropometria」は、本年春から夏にかけ、国立台湾大学で公開され、台湾の人々から好評裡に迎えられました。本年秋にはそれがフランス第三の都市リヨンの繊維博物館へと巡回し、現在フランスの公衆の耳目を集めています。こうした海外巡回展のつど、コンテンツにはヴァージョン・アップが図られています。その最終ヴァージョンを二〇一三年春に東京丸の内に竣工予定の「インターメディアテク(IMT)」で公開する予定となっています。

 今年は、われわれ日本人にとって不幸な年となりました。三月一一日大震災が東日本一円を襲い、未曾有の大津波の襲来に原発事故が重なり、多くの人命や家屋を失うことになったからです。国内外のクリエーターにとっても、被災地からメディアを通して伝えられる、自然の凄まじい破壊力とそれがもたらした痛ましい災禍のデータや映像は、他人事といって片づけられるようなものでなかったようです。滝沢直己さんの場合もそうです。総合研究博物館が被災地支援策として、遊牧民の移動型テントを使った「文化ハウス」建設プロジェクトを立ち上げようとしていたこともあったのですが、滝沢さんの口から、人とその生活を庇護するものとしての服、というコンセプトが口を突いて出たからです。普段は当たり前のものとして機能する服。しかし、いざという時には、居住型テントとしても使うことのできる強靱なアウトドア・ウエア。そのコンセプトは、国土が未曾有の大災害に見舞われる、という深刻な経験を抜きには生まれ得ぬものだったのです。

 今回のコレクションもまた、その造形的な着想源は、博物館に蓄積されている古い学術標本でした。われわれが着眼したのは貝殻です。貝にとって、その殻は自身を庇護する服であり、家だからです。あらためて言うまでもありませんが、人は太古の昔から貝とつきあってきました。手近で採れる貝は、なによりもまず重要なタンパク源であり、大切な食料だったわけです。自然からの有り難い恵みという意味もあったのでしょうが、貝は純潔、貞節、豊穣、生産の象徴学に彩られています。美女神アフロディテの誕生の場面には、アコヤガイがつきものです。ばかりか、貝を用いた宝飾品のいかに多いことか。いずれにしても貝に対し、肯定的な意味を付与する象徴学が世界中に広く分布しているのです。

 貝の、なかでも巻貝の螺旋形状には驚くべきものがあります。そのため、巻貝の螺旋形に自然の神秘が隠されているのではないか、そう考える者がいても不思議ではありません。動物誌を書いた博物学者アリストテレスや、数字の神秘に魅了された秘数学者ピタゴラスがそうです。古代の知識人の多くが巻貝に興味を示しています。オウムガイの螺旋形状に、フィボナッチ数列を基にした完璧な数学的秩序が内包されていることを知ると、古代人ならずとも、自然界は眼に見えぬ摂理すなわち「自然の女神」(Natura) に支配されているのではないか、と信じたくなります。

 自然界では、「黄金比」、「数列」、「相似性」など、数学的・幾何学的な規則性が各所に隠されています。その事実に気づいた人類は建築やその装飾物のなかに合理的な秩序を取り込もうとしました。二十世紀に入ると、それを「モダニズム」の文脈のなかで生かす動きが出てきます。出版物としてその嚆矢となったのは、アムステルダムで出版されていた豪華雑誌『ウエンディンゲン(転変)』という雑誌です。一九二三年に発行された第五年八/九合併号は、建築雑誌であるにも関わらず全頁を、当時の最新撮影技術による貝殻写真に割いています。ル・コルビュジエもまた、それらの写真から強い影響を受けた建築家のひとりです。展示空間が方形螺旋状に展開する「無限連鎖美術館」のプランは、オウムガイの形状から着想を得たものだったのです。

 ファッション・デザイナーの滝沢直己さんの場合は、『ウエンディンゲン』の貝殻写真から、テント型ファッションの萌芽的コンセプトを得ることになりました。服としては、上半身や頭部に小型テントとして展開可能なパーツを巻き込んでいますから、奇妙な形状のものとなっていますが、なにか緊急時のさいにそれが役立つという、ある種の安心感を孕むものとなっています。見ようによっては、SF世界を喚起させる未来派的ファッション造形であると見ることができますが、同時にまた、未開社会の単純素朴なライフスタイルを想起させもする、そこに今回のコレクションの面白さがあります。

 とはいえ、ただ単なるファンタジーに終わらせることなく、現実感のある服にまで仕上げなくてはなりません。そのための素材の開発、技術的な裏打は、けっして単純なものではありませんでした。軽量化、強度、反撥力、耐水性のすべての必要性をクリアできる材料として、最終的に選ばれた骨材が最先端医療で用いられる合金製ワイヤーであったことは、その一例です。アウトドア対応の最適のテキスタイルの開発を始め、貝殻のシステム構造を布地に落とし込むためのパターンナーの知恵と技術など、今回もまた高度な職人技術がアトリエに結集されることになりました。

 今回のコレクションを「エコルヌコピア」と命名した理由にも触れておきたいと思います。ご存じの通り、現代社会が喫緊の課題としているもののひとつに、「エコロジー」があります。この言葉の接頭語「エコ」は、ギリシャ語の「オイコス」に由来するもので、「家」の意をもっています。また、「コルヌコピア」は、古代ローマ人が吉祥と考えた「豊穣の角」の意のラテン語です。その形状の喚起する無限連鎖性が、際限のない生産力の証と読み替えられたことから、螺旋形の巻貝の豊穣性の意でも用いられてきました。「エコ」(家)と「コルヌコピア」(生産性に富む貝殻)を結ぶ造語から、人間にとって、安寧の場としての「最小ハウス」のコンセプトを、あらためて世に問いたいと考えたというわけです。

 今回もまた、滝沢直己さんと「モード&サイエンス」のひとつの実験をおこなうことができました。皆様とともに、わたしたちの試みの是非について、さらにはファッション創造とその社会的な使命について、お話をする機会がもてれば幸いに存じます。




滝沢直己(服飾デザイナー)
 アムステルダムで出版された「ウェンディンゲン(転換)」という雑誌を初めて見たとき、自然科学か美術の学術資料かと思った。それは自然界の創造である美しすぎる貝殻のフォルムや構造を、おそらく当時ではハイテクを屈指した技術で撮影されたであろう写真集であった。
しかし、それが建築家のインスピレーションを誘うための写真集であることを西野嘉章館長から教えていただいた時は驚いた。さらに、この時代の誰かが海に生息する貝殻が実は建築物の構造を創造する上でのヒントになると発想し、それを誰かに独占させることなく出版物として公開していたことに感動した。

 ページをめくれば改めて「殻」とは潮の流れに揉まれ、凄まじい水圧から身を守るための貝殻は自然の作り出す造形物として完全体であり、貝にとってみればそれは家のようなものだということを再認識させられる。
「殻」を「家」として見てみれば、どこかで見た事があるような有名建築の構造やフォルムに見えてくる。
この驚きと感動が、今回発表するモード&サイエンス4では建築家のためのデザイン資源である「殻」を衣服の構造へと置き変えてみることへの着想源となった。

 現代我々が日常着として着用しているマウンテンパーカーはその名の通り登山用衣料から開発が始まっている。そしてその呼び名もまた「SHELL」、つまり「殻」と呼ばれている。
マウンテンパーカーは山の変わりやすい天候から身を守るため不可欠な機能がいくつかある。雨風をしのぐための高い防水、防風性能、そして昼は汗を外に出すため透湿性が良く、夜は体温を逃がさないような保温性に優れた素材が必要であり、この生命維持装置のような素材を生かすために特殊縫製機材や技術があって初めて完成する。そのためにはクリアしなければいけない数多くの制約があり、まさにファッションデザインというよりもプロダクトデザインとして考えなければならない。

 Ecornucopiaという名付けられた7着のマウンテンパーカーからなるコレクションは衣服の立体構造の中に建築的構造を用いた結果、引力に逆らい自立するフォルムを実現した。
西野嘉章館長より「家」を意味する「E cornucopia」と名付けられたこのコレクションは、まさに「衣服における家」のかたちである。

空間・展示デザイン©UMUT works 2011

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