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Mode & Science II by Naoki Takizawa / Micrographia

2009.10.29
小石川分館

 「Natural History by Naoki Takizawa」の名前で立ち上げた「博物誌シリーズ」の第二弾。1920年代にフランスで撮られた鉱物や植物や結晶を記録した顕微鏡写真がデザイン資源となった。太さ十四デニールの繊維で織り上げられたスーパー・オーガンジーを素材とし、そこに特殊プリントとプリーツの加工を施した。「モード&サイエンス」の二度目の成果を世に問うファッション・イベントとなった。


  COLLECTION :Mode & Science II by Naoki Takizawa

  マイクロスコープが捉えた自然界の神秘。
  百年の時を経て、いま、モードに甦る。
  東京帝国大学の学術遺産を基に、
  最先端技術で生み出されたテキスタイル。
  タキザワナオキによる「モードの博物誌」が、ここに始まる。


西野嘉章(東京大学総合研究博物館教授)
 「モード(=創造)」なのか「サイエンス(=研究)」なのかという二者択 一でなく、「モード(=創造)」でもありかつまた「サイエンス(=研究)」で もある。そうした融合体の実現を目指して、われわれはデザイナーの滝沢直己氏 とともに、昨年秋、「Natural History by Naoki Takizawa」の名前で、「博物 誌シリーズ」を立ち上げました。環境保全、資源確保、消費抑制など、人類の生 存に直結する深刻な問題が緊喫の課題として浮上してくるなか、独りモードの世 界だけが安寧を貪っていてはならないと考えたからです。
 こうした時代に求められるコンセプトの一つは、資源価値を内在する蓄積体の なかから、有用財として利用可能なものを探し出し、それらを従来と違う「文 脈」(領域、目的、感覚、場所)においてリサイクル活用することなのではない か。そのような考えに立って、われわれは滝沢直己氏を特任教授として東京大学 に招聘し、これまでモードやファッションといった時世相と無縁なところとされ てきた場所に蓄積されている学術標本を、「デザイン資源」として活用する試み を始めてみたいと考えたわけです。東京帝国大学の遺産として百年の歴史を有す る昆虫標本を基に生み出された前回のコレクションは、その最初の試みだったの です。
 今回のコレクションは、鉱物や植物や結晶を記録した顕微鏡写真に端を発しま す。周知の通り、顕微鏡の発明は十七世紀のイギリスの科学者ロバート・フック に遡ります。それまで見ることの叶わなかった世界が見えるようになる。机に載 るほどの大きさの光学器械を通して見られる微小世界の驚異的なヴィジョンは、人間が抱く自然観、さらには世界観にさえ、大いなる変更を強いることとなり、 独りサイエンスの世界のみならず、人間の思考の全般に大きな影響を及ぼしたの です。
 もっとも、光学器械を介して得られる「驚異のヴィジョン」を、自然科学や好 奇の対象としてでなく、ファイン・アート、応用美術、産業技術などの分野で、 素材として積極的に役立てようとする試みを自由に行えるようになるには、かな り長い時間を要しました。「アート」と「サイエンス」、「技芸知」と「博物 学」は別物であるとする伝統的な考えが、後々まで根強く生き続けたからです。 われわれの知る限り、両者のあいだで自由な越境が可能になるのは、たかだか第 一次大戦後のことにすぎなかったのです。
 われわれがプリント・モティーフの原型として選び出した顕微鏡写真は、一九二〇年代に撮影されたもので、ブラジラン(Brazilin)、モチノキ(Bourdaine)と いった植物、クエン酸(Acide citrique)の結晶の微細な表情が捉えられていま す。われわれの試みは、しかし、そうした古い学術標本を発掘し、それをテキス タイル化するというだけに止まりません。ヴィンテージ・プリントをデジタル化 し、画像処理を行った上で、デザイン化の作業を施す。さらに、それらのデータ から、色彩の組み合わせを変数として、各種のパターン・ヴァリエーションを生 み出す。その最終データの支持体は、太さ7デニールの糸で織り上げられた、超 軽量にして半透明のポリエステル地なのです。すなわち、時代相や活動閾の懸隔 を超え、先端的なテクノロジーの可能性を追究したものだということです。
 古い学術標本と最先端のナノ・テキスタイル・テクノロジーの結合は、はたし てどのような結果をもたらすのでしょうか。そのマリアージュ効果を最大限に生 かす方策として、二つの方法的な挑戦を行ってみました。ひとつは、極薄のプリ ントにプリーツ加工を施すことで、布地の表情に変化をもたらす工夫をしたこ と。それにより、光沢のあるナノ繊維は、見る角度に応じて色合いの変化する、 クリスタル状の乱反射効果をもつものとなりました。もうひとつは、布地の透過 性を活かして、プリント・モティーフと色彩の重なりが生み出す視覚効果の面白 さを追求したことです。
 改めて言うまでもありませんが、布地は平らです。したがって、プリントも色 彩も風合いも、すべての構成要素が二次元的な広がりの上に展開します。われわ れは、モードの素材となる布地、なかでも半透明の布地の、その特性を生かすべく、モティーフや色といった構成要素を、「表面」の広がりの上に展開させるのでなく、前と後ろ、手前と奥という、「奥行」の方向に重層化させてみせること で、従来にない「コンパウンド・モティーフ」、「コンパウンド・カラー」の創 出を試みてみました。思えば、こうした複合的な視覚効果の追究は、西洋の古画 に用いられたグラッシ技法とあい通じるところがあります。十五世紀フランドル で制作された初期油彩画の、あの透明感のある色彩は、顔料の混合から生まれる ものでなく、色を帯びたワニスなど、半透明のメディウム(媒材)の層状の重な りから生まれたものなのです。今回のシリーズでは、極薄のナノ繊維が、メディ ウム(媒材)の役割を果たしているというわけです。
 クリエーションが、真の意味でのクリエーションたり得るには、その基本とな るコンセプトにも、それにかたちを与える素材や技術にも、洗練を与える感覚や感性にも、つねに創意と工夫が求められます。それらを複合させるなかで見いだ される「悦び」を、皆様と偕に分かち合えますよう、念じて止みません。
 
Mode & Science II by Naoki Takizawa
Designer: Naoki Takizawa
In colaboration with UMUT(The University Museum, The University of Tokyo)
Conceptor: Yoshiaki Nishino(Professor, UMUT)

本製品に使用されているファブリクスは、1920年代に撮影された顕微鏡写真の ヴィンテージ・プリントを基に制作されたもので、滝沢直己と西野嘉章の協働から生み出されたものです。

空間・展示デザイン©UMUT works 2009

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