JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク

特別展示『アントロポメトリア(人体測定)』

2013.03.21-2013.10.27
MODULE

 東京大学には1880年代から1890年代にかけてドイツで製作された三次元関数の石膏製実体模型のコレクションが保存されている。帝大理科大学の数学科教授中川宣吉が、大正時代に留学先のドイツで購入し日本に持ち帰ったもので、総数にして2百台を超えるコレクションは、世界的にみても珍しい。オブジェの有する多様にして変化に富む湾曲面。それを高度な型紙技術、縫製技術によって、モードへ転移させる。それによって、アーティストにとっての永遠の課題とも言える、人体のフォルムや運動の問題を、いま一度考え直してみたい。
 「アントロポメトリア」という聞き慣れぬ言葉を造形分野で使ったのは、フランスの美術家イヴ・クラインであった。直訳するなら「人体測定」といった程度の意味合いだが、クラインは1960年代に、自ら「IKB(インターナショナル・クライン・ブルー)」と命名した工業用ピグメントを全裸の女体に塗りたくり、カンヴァスの上に、あるいは転がして、あるいは押しつけて制作した平面作品を発表。それらに「アントロポメトリア」の言葉を与えた。拓本文化を有する日本では「人拓」と意訳されたこともある。展示物のひとつ、医学系研究科標本室で刺青標本の保存に使われていた額の台紙にうっすらと残されている人影は、「アントロポメトリア」を先駆ける「人拓」そのものである。クラインの仕事は、一回性の制作物としての「ハプニング」を先駆けるものとして、美術史の神話のひとつとなった。ばかりか、モノとしての肉体を紙やカンヴァスの平面性に還元してみせたという点で、その後のアートの展望を広汎に拡張した。
 人体の形状や機能や運動についての関心は、美術家だけのものでない。肉体を布でくるみ、保護し、保温し、飾り、見せ、魅せるためにはどうすればよいか、布地の立体造形法について思いを巡らすファッション・デザイナーにとってもまた避けて通れぬ関心事なのである。人体に布を当て、ピンを打ち、型紙(パターン)におこす。デザイナーは人体の形状を布地に落とし込む方法について、つねに考えを巡らしている。複雑な湾曲を描く曲面を布地で再現するには、パターン化の熟練した技と、イセコミと呼ばれる高度な縫製技術が必要となる。アートワークの制作を支えるのが「造形思考」であるとするなら、服作りを支えるのは「型紙」であり、「縫製技術」である。複雑な表情をみせる三次元の人体を二次平面に落とし込む。型紙(パターン)には、縫製のプロセスを見越した、パターンナーの「型紙思考」の最終的な帰結が集約されている。
 こうした服作りのプロセスのなかに、多様体の表面を微分し、数学的な「理」の世界へと帰着せしめようとする解析幾何学の方法論に近いものを見たい、そう言ったらどうか。あるいはまた、「人拓」という直裁な方法でもって人体の複雑な形状を二次平面に写し取ろうとした人体測定法の、そのプロセスの転倒を見たい、と主張したらどうか。
 モードと数学。一般の人々の見るところでは、およそ縁遠いもののように映るかもしれない。しかし、両者の懸隔を乗り越えたとき、新たな霊感源が得られ、斬新な作品が生まれるのではないか。デザイナーの滝沢直己さんの協力を得てなされた「モード&サイエンス」の試みのなかで、数理学的な解の有する「美」が、モードのそれと思いのほか近いということを実証できれば幸いである。

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