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特別公開『モース日本陶器抄 – 東京大学コレクションから』

2023.11.21-
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 エドワード.S.モース(1838−1925)は、明治初期、創設間もない東京大学で活躍したいわゆるお雇い外国人教授の一人である。大森貝塚の発掘調査を指揮し、日本に「縄文時代」という時代があったことを示したことで広く知られている。発掘は自身の専門であった貝類の研究を目途におこなわれたというが、出土した人骨や動物骨、文化遺物の研究にも進化論をはじめとする先進的方法論をもちこみ、日本の博物学の近代化に多大な貢献をなした。
 同時に、モースは当時の日本の習俗、文化にもたいへんな関心をもち、絵画や服飾、道具、玩具など数千点にのぼるコレクションをなしている。とりわけ顕著なのが江戸、明治期の日本陶器である。モースが記した日本見聞録『Japan Day by Day(日本その日その日)』(1917)によれば、西洋陶器とは全く異なる日本陶器を前にした時、「だが彼をして、蒐集を開始せしめよ」と思いいたったと言う。
 モースのコレクションは、ほとんどがボストン美術館、ピーボディ・エセックス博物館など米国に収蔵されているが、東京大学にも残されている。それらは、大学には博物館が必要である、とのモースの進言にもとづき1880年に設置された東京大学理学部「博物場」に展示されていた標本である。この施設は当時のキャンパス、千代田区神田にあったが、1885年、東京大学が文京区本郷に移転されるに際し廃止されてしまった。ここに展示する日本陶器コレクションは、その忘れ形見でもある。
 日本初の大学博物館であったモースの「博物場」の顛末については、東京大学総合研究博物館本郷本館の常設展示でも公開している。
 今回の特別公開にあたっては、大森貝塚の発掘にも参加したモース最初の弟子の一人、佐々木忠次郎(後に帝国大学農科大学教授、1857–1938)の収集品もあわせて展示する。昆虫学者ながら陶器をも集めていたのは、師に感化されたからのようにも見える。佐々木忠次郎は米国セーラムにあったモース邸陶器室の写真をも入手していた。

主催:東京大学総合研究博物館



画像:Peabody Essex Museum 所蔵

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