JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク


演劇パフォーマンス『Play IMT (4)――プレイグラウンド』

2016.04.01-2016.04.09
INTERMEDIATHEQUE

 本イベントでは、インターメディアテクというミュージアム全体が演劇の「プレイグラウンド」に変わります。東京大学総合研究博物館と世amI(せあみ)は、インターメディアテクを舞台に演劇創作を行う協働プロジェクト「Play IMT」を実施しています。本プロジェクトの第四弾イベントでは、英語の「Play」がもつ複数の意味のうち「遊ぶ」に着目した実験パフォーマンスを行います。
 展示物と遊ぶ。展示空間で遊ぶ。そして来館者と遊ぶ――。俳優がインターメディアテクというプレイグラウンドでどこまで遊ぶことができるかは、その空間や展示されている物から刺激を受けた俳優の感性が身体を通じてどこまで表現されるのかという可能性に直結します。今回は、俳優というプレイヤーの可能性を最大限に引き出すために、俳優自身の発想を元に彼らがインターメディアテクでのみ創出することができる身体表現の実験に焦点を当てました。「Play IMT」では、これまで一貫して、着想段階から演劇創作のプロセスにインターメディアテクのコレクションや活動、集まる人々などを有機的に取り込むことで、いかなる演劇表現をミュージアム空間内に結晶化させられるのかを追求してきました。今回のパフォーマンスでは、「遊ぶ」というテーマを共有した複数のパフォーマンス・ユニットがインターメディアテク全館で展開します。プレイグラウンドとなったインターメディアテクでの特別な時空間体験を、俳優とともに遊ぶ感覚でお楽しみください。

日時:2016年4月1日(金)18:30-
       4月2日(土)14:00- / 17:00-
       4月8日(金)18:30-
       4月9日(土)14:00- / 17:00-
      *上演時間は各回約30分を予定
会場:インターメディアテク2−3階
参加費:無料 *事前予約不要
主催:世amI+東京大学総合研究博物館


<劇的回想録断片>

●情景1–黒/黒い人たちの苦悩

黒い人たちが佇んでいる。表情からはまだ何も読み取ることができない。しかし、彼らは苦悩を抱えている。底知れぬ欲望は満たされることがない。
一人、また一人と、黒い人たちが動き始める。求める何かを手に入れようと、COLONNADE2の中をさまよう。延々と繰り返されるその様は、日々の労働のようである。
彼らがいるのは、例えるならば「地」の世界。骨格標本や剥製となり、いまは呼吸を止めた生き物たちが、黒い人たちと交錯する。魚も、猿も、地を這う蛇も、海を泳ぐ海豚も。
黒い人たちは、時々、来館者をつかまえて、彼らの苦悩を吐露しようとする。いや、そのように見えているだけかもしれない。まるで弄ぶかのように。

●情景1–白/白い人たちの愉楽

白い人たちが遊んでいる。白い人は子ども。純粋で無垢な。
彼らがいるのは、例えるならば「天」の世界。COLONNADE3は彼らの住処であり、永遠の遊び場である。白い人たちはこの中を自由に飛び回る。彼らを取り囲んでいる鳥の剥製が、かつてそうであったように。
白い人が誘うと、鳥の剥製も、彼らの遊び仲間として息を吹き返す。生の幻がそこに見え始める。それが時に残酷であることも知らずに。
白い人たちは、時々、迷い込んできた来館者をも遊び仲間にしてしまう。言葉は必要としない。人間が生まれる以前の神話の世界のように。いや、白い人たちがこの道具を知らないだけなのか。

●情景2–白/紙飛行機

ある日、白い人たちは紙飛行機で遊び始める。真っ白な紙飛行機を手に取り、空に放つ。白い翼が軽やかに飛んでいく。
紙飛行機を追いかけるうちに、白い人たちはCOLONNADE3の空間から出てしまう。外のバルコニーは自分たちの領域外。それでも、彼らはまだ、紙飛行機で遊ぶことに熱中している。
紙飛行機が一つ、バルコニーを越え、旋回しながら落下していく。その偶然に驚く白い人たち。そして、俄に気づく。下に未知の世界があるということに。
白い人たちは自分たちの発見に歓喜する。今度は皆で紙飛行機を下に落とし始める。無邪気に。遊びの延長線上のまま。

●情景2–黒/絶叫

黒い人たちは、さまよい続ける。地を這うように。どんなに嘆いても、ここではほしいものが手に入らない。喉の渇きのような欠乏感。孤独の深い闇。
欲望だけがいや増していく。COLONNADE2に響きわたる黒い人たちの叫び。ヨハネの首を求めるサロメのような、世界のすべてを求める貴婦人のような、究極の高潔を求める騎士のような。
COLONNADE2の壁と壁の間。その先がぼんやりと見える「窓」。その先に、何か白いものが降ってきている。黒い人たちが見たことがないもの。それは、白い人たちが落とした紙飛行機。
黒い人たちは、自分たちの頭上に未知の世界があることに気づく。そのことを知った黒い人たちは続々とCOLONNADE2の領域を踏み越えていく。未知なる世界を手に入れようと。

●情景3/黒と白の交差

黒い人たちは階段を上るための手立てを必死に探す。自分たちの領域を踏み越え、未知の領域に侵入するためには、素足ではあまりに無防備すぎる。
目的と同じくした彼らに、いつの間にか連帯感が生まれる。孤独からのつかの間の解放。
黒い人たちは赤い布張りの板を見つける。これこそが彼らが階段を上ることを可能にしてくれる。数は人数分しかない。一段一段に敷きながら、一枚一枚を下から上に渡し、上っていく。この労働を終えなければ、上の世界にたどり着くことはできない。
白い人たちもバルコニーから見た下の世界への好奇心を抑えることができない。白い人たちは階段の上で額縁を見つける。額縁は下の世界への扉。
額縁を覗くと、見たことのない世界が拡がっている。最初は怖がっていた人も、覗きたくて仕方がない。
覗くだけ。それだけの興味だったはずが、偶然、一人が額縁の中に落ちてしまう。階段をゆっくりと滑り落ちていく白い人。
それを見ていた白い人たちは仲間を助けようと、いや多くは好奇心に駆られて、次々と額縁の中に飛び込む。皆がゆっくりと階段を滑り落ちていく。新しい世界に生まれ出ようとするように。無垢な笑みをたたえながら。
階段の半ばで白い人たちと黒い人たちが交差する。しかし、彼らはお互いに気づかない。階段を上るという単純な繰り返しの動作に夢中な黒い人たちと、階段を滑り落ちるという新しい遊びに夢中な白い人たち。

●情景4–白/白い人たちの愉楽、再び

階段の下にたどり着いた白い人たち。見えていたはずの場所なのに、初めて接触する世界が少し怖い。そこに居合わせた来館者を盾にして、隠れながら進んでいく。
しかし、目の前にCOLONNADE2の展示空間が拡がった途端、思わず掛け出していく。少しの恐れもなかったかのように。わくわくとした高揚感が空間全体に拡がる。
白い人たちはすぐに新しい世界を自分の遊び場に変えてしまう。いつもの遊びを始める。いつもと同じように、見知らぬ人も見知らぬ展示物も、遊び仲間にしてしまう。「地」の重たい空気が、「天」の軽やかな風に変わる。

●情景4–黒/黒い人たちの苦悩、再び

階段の上にたどり着いた黒い人たち。新しい世界を手に入れ、歓喜して走り出す。大人が子どもに返ったかのように。
しかし、彼らは再び、欲望の苦悩にさいなまれる。探しても、探しても、ほしいものが手に入らない。これまでと違う世界に来てもそれは同じこと。何かを探し求める行為は、結局日々の労働と変わらない。
絶望が黒い人たちを襲う。「天」の世界に来たはずが、結局、「地」を這いつくばるしかない。嘆きの嗚咽がCOLONNADE3に響き渡る。

●情景5–黒/帰路

黒い人たちの嘆き。彼らはもう、この世界に留まることができない。絶望の世界には。
もの悲しい歌謡曲のような音楽に導かれて、黒い人たちが集まり始める。一直線上に歩き始める黒い人たち。彼らは元の世界に戻ることしかできないのだろうか。
とぼとぼと階段までたどり着く。この階段の下には、またいつもの日常があるはず。繰り返される日常が。

●情景5–白/予兆

白い人たちの遊びは続く。しかし、結局かれらは、この世界に留まることはない。どこも同じ。彼らの遊び場。
どこかから声が聞こえてくる。その声とは、頭上にいる黒い人たちの嘆く声。
まったく別の世界に存在していたはずの両者に何かが起こっている。聞こえるはずのなかった声がいまは聞こえてくる。
白い人たちはまだそれが何かはわからない。それでも、聞こえる声に耳を傾けずにはいられない。声に引き寄せられるように走り出す。

●情景6/黒と白の邂逅

白い人たちが聞こえてくる声の方向を捉える。そして、階段の上にいる黒い人たちを見つける。
白い人たちが呼びかける。黒い人たちも白い人たちを見つける。両者が初めて出会い、異なるエネルギーが初めて同じ空間に存在する。
白い人たちが黒い人たちに向かってエネルギーを送り始める。楽しいエネルギー、喜びのエネルギーが下から上昇していく。
それを受けた黒い人たちは自分たちの哀しみに満ちたエネルギー、怒りのエネルギーを弱めていく。
いつしか引き込まれるように、黒い人たちは階段を滑り降りていく。笑顔に包まれながら。ゆったりとしたリズムが黒い人たちを浄化していく。
初めはそのリズムをかき回すかのように飛び跳ねる白い人たち。しかし、次第にそれに同調していく。
静かに横たわり、笑顔をたたえて、白い人たちも階段を滑り降り始める。黒い人たちとともに。新しい世界に再び生まれ出るかのように。
白い紙が舞い落ちる。紙を投げているのは、バルコニーに集った来館者たち。天から降り来る雪のように、白い紙がはらはらと空気を揺らしながら落ちていく。
波の音が聞こえる。持てる者も持たざる者も、賢者も愚者も、天使も悪魔も、見る者も見られる者も、等しく過ぎていく穏やかな時間。
この空間に流れる「遊び」の時間。


出演
黒い人 大久保美智子/戸澤真治/芝崎知花子/鈴木みらの/三井穂高/吉田智惠
白い人 今村祈履/佐々木舞/柴田貴槻/竹内真菜/本家徳久

企画
東京大学総合研究博物館+世amI

演出
金世一

構成
出演者一同+前川衛+寺田鮎美

空間・展示デザイン
インターメディアテク

インターメディアテク総合監修
西野嘉章

協力
山の手事情社

東京大学総合研究博物館スタッフ
関岡裕之/松原始/菊池敏正/大澤啓/中坪啓人/上野恵理子/秋篠宮眞子/松本文夫/白石愛/藤野史子/吉川創太


俳優、遊ぶ
金世一(世amI・主宰)

俳優の起源は巫女でした。
巫女は神と人間をつなげてくれる存在でした。
巫女は、
神に人間の願いや頼みを託しました。
そして神の意を人間に伝えました。
時には人間の真似をして、
時には動物や自然現象の真似をして、
時には神々の真似をして、
声と身体をもてあそんで
人間の心配や悲しみを取り去ってくれました。

今の時代の俳優の仕事も大して変わりません。
俳優は、
人生や関係を真似して演じます。
動物や自然現象の真似をして演じます。
世の理屈を真似して演じます。
俳優は声と身体をもてあそんで観客を慰めます。

今日IMTというプレイグラウンドで俳優が遊びます。
声と身体をもてあそび、
空間をもてあそび、
演者と観者の関係性をもてあそびます。
今日プレイグラウンドを訪れた皆さんを神々とつなげます。


ミュージアム・プレイグラウンド
寺田鮎美(東京大学総合研究博物館インターメディアテク部門・特任助教)

「展示物と遊ぶ。展示空間で遊ぶ。そして来館者と遊ぶ――。」遊びが本質的に自由な活動であることは、ヨハン・ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』やロジェ・カイヨワの『遊びと人間』で述べられている、遊びに関する第一番目の定義を引用するまでもないかもしれない。しかし、ミュージアム空間での来館者の体験は、考えてみると、さまざまな約束事、多くは禁止事項のうえに成り立っていることに気づかざるを得ない。例えば、展示物に触ってはいけない、展示空間で騒いだり走ってはいけない、来館者同士が迷惑にならないように展示を鑑賞しなければならない。展示物を自由に見てもらう場所であるはずのミュージアムは、来館者にとってプレイグラウンドではないのか。人はただ押し黙ってものを見つめるしかないのか。ミュージアムで「自由に」遊ぶことは簡単ではないのか。インターメディアテクで遊ぶことを「許された」俳優たちは、「やってはいけない」ことをして遊ぶかもしれない。彼らは特別な存在であるからそれが許されるに過ぎないのか。否、彼らは鍛錬した身体をもった特別な存在であると同時に、一般の来館者と何ら変わらない。彼らの身体表現から見えてくるのは、ミュージアムは図鑑や画集やデジタルの世界にあるのではなく、来館者が自らのイマジネーションと身体とを同時に駆使しなければ遊ぶことができない場であるという事実ではないか。俳優によるパフォーマンスが行われている今、それを見ている来館者はミュージアムを非日常として受けとめているかもしれない。では、パフォーマンスが終わった後、少し考えてみることはできないか。あなた自身がこのミュージアムをプレイグラウンドとして、どれだけ身体的感覚を伴ったイマジネーションで遊べるかを。


演劇創作プロジェクト「Play IMT」
 東京大学総合研究博物館と世amI(せあみ)は、JPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」を舞台に演劇創作を行う協働プロジェクトを実施しています。本プロジェクトは、ミュージアム空間における演劇創作の実験です。インターメディアテクの学術標本やミュージアム空間のさらなる創造的な活用の可能性を探求するとともに、新たな演劇表現に挑戦していきます。その一環として、公開型の演劇創作プロセスを積み重ねるべく、「演じる」と同時に「遊ぶ、楽しむ」という意味をもつ英語の「Play」をキーワードに、関連イベントをインターメディアテク内で随時開催しています。

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