JP Tower Museum INTERMEDIATHEQUE
HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

開かれたエル
Open L

 ハリウッドの丘に建つスタール邸(1960)は、アメリカで最もよく知られた住宅建築の一つである。戦後の新しい住宅モデルを模索したArts and Architecture誌の企画による実験プロジェクト「ケース・スタディ・ハウス」の22番に指定されている。ロサンゼルスの夜景をバックに、ガラス張りの居間でくつろぐ人物をとらえたジュリアス・シュルマンのモノクロ写真が有名で、憧れのモダン住宅のアイコンとなってきた。設計者のピエール・コーニッグは、土台をコンクリートで固め、建築本体は鉄骨とガラスとコルゲートパネルという限られた工業製品で構成した。この平屋住宅の明晰なコンセプトは、エル(L)のかたちをしたプランに集約される。エルの1辺は眼下の街並に向けて崖から突き出し、居間と食堂に270°の劇的なパノラマを提供する。エルのもう1辺は崖と並行した奥側に寝室群と浴室を配列している。すなわち、崖から内側に向けてプライバシーの変化が設定されている。そしてエルの2辺で囲まれた外部空間には空を映し出すプールがある。仮に建築の構成を「辺」で抽象化して示すと、1辺の直線型、2辺のエル型、3辺の両翼型、4辺の囲み型が考えられる。このなかで「エル型」は空間が内側で自己完結せず、外部との関係がより流動的になる可能性をもっている。エル型の平面計画は難しいが、スタール邸では廊下を省き、外部を日常利用することで開かれた簡潔な空間構成を実現した。エル型の流動性は断面方向にもあり、高所から俯瞰展望する視点が敷地内に遍在している。写真のエル型の建物がスタール邸。屋根板を外した状態で表現してあり、また周辺状況は異なる(空間博物学展の「20世紀の建築」で展示中)。

松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)
Fumio Matsumoto

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