JP Tower Museum INTERMEDIATHEQUE
HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

『Intermedia』発刊記(3)

 第二号は総合研究博物館所蔵学術標本コレクションの特集として、「収蔵」号と命名された。使用言語は中国語である。用字は簡体字版ゴチック・フォントとした。以後も、インターメディアテクの出版物にしばしば中国語フォントを採用することになるが、これは私見ながら、国内のデジタル・フォントにない力強い字配りが魅力的に映るからである。「収蔵」号についても、印刷技術的にはいくつか難しい問題を抱えていた。なかでも腰帯の部分である。スカイブルーとでも言うのだろうが、青水色の紙に表題の「Intermedia」をサーモンピンクに近い朱紅色で刷りたいと考えた。あの、マルセル・デュシャンが『浮遊する心臓』という作品で実現してみせてくれたように、「青水色」と「朱紅色」を併置するさい、補色関係に近い組み合わせが出来ると、視覚的なイリュージョンが生まれるからである。しかし、問題は青水色の用紙に朱紅色の特色インキで文字を刷っても、文字の朱紅色はくすんだ色にしかならない。地色の青水色を反映してしまうからである。文字の朱紅色を発色の良いものに出来れば、文字の部分が手前に近づいたり、後方に遠ざかったり、錯視が生まれる。鮮やかな色相を実現するには、腰帯の青水色用紙の上に、シルクスクリーンを使って朱紅色の文字を刷ればできなくはないはずなのだが、コスト計算上、成立しないことがわかった。そこで考えたのは、青水色用紙の上に文字部分を白色インキで刷り、その白色インキ部分に朱紅色のインキを乗せるという方法である。こうすると、朱紅色インキは白色用紙上に刷るとの同じことで、色が沈むことにならない。「毛抜き合わせ」の技術による重ね刷りである。現代の印刷プロセスでは、ほとんど版ズレが起きないのである。戦時下の日本で、発色が良いとされるアート紙の入手が難しくなったときのことである。原色版の発色に拘る、とくに美術系印刷物の出版者は、ザラ紙やボール紙など、地色のある廉価紙に白色インキでベタ刷りを行い、その上にカラー印刷を重ねてみせた。予算の枠、技術の壁、資材の欠、そうしたものを乗り越えて前進するためのヒントは、過去の事跡のなかに見出されたのである。巻末には日英の翻訳シートが挿入され、三ヶ国語をカバーするものとなった。

西野嘉章(インターメディアテク館長・東京大学総合研究博物館特任教授)
Yoshiaki Nishino

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