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HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

巻貝の赤—辛螺(ニシ)色—

 色の中には、生物から名付けられたものが幾つかある。例えば、キツネ色などは分かりやすい。しかし、時には一目見ただけでは分からない色名もある。私にとっては辛螺色がそうであった。辛螺色は、巻貝(辛螺)の貝殻の内側のような黄がかった赤色を指す。古くから使われていたようで、南北朝時代に洞院公賢によって書かれた『園太歴』には、御随身の装いとして、面が黄香で裏が紅の辛螺色狩衣が登場する。黄香とは、薄い茶のような色合いの香色に黄みを加えた色のことであろう。紅は鮮やかな赤のことで、二色の組み合わせで赤と黄の混ざった色を連想させた。江戸時代に伊勢貞丈が記した『安斎随筆』では、辛螺色は柑子色や甘草色に類するとされている。柑子色は蜜柑系の果実である柑子から、甘草色はユリ科の植物である甘草から名付けられており、いずれも橙系の色である。辛螺とは特定の貝を示す言葉ではなく巻貝の俗称なのだが、貞丈によると、辛螺色はアカニシ(赤辛螺)の色に由来する。画像は、IMTに展示されているアカニシである。普段は外側を見せる形で展示されているが、色彩を確認するために内側を見てみた。思った以上に色が薄かったが、確かに橙がかった色合いをしているのが確認出来る。それにしても、生物の名を冠した色を目にする度に想像力を掻き立てられる。誰が、どのように付けたのだろう。「この色はまさにアカニシの色だ」と言い出した人がいるのだと思うと、昔の人の色彩感覚に感心せざるを得ない。

秋篠宮眞子(東京大学総合研究博物館特任研究員)

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