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HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

赤門の隣に

 古い映画を見ていると、今とは異なる風景に瞠目することがある。豊田四郎監督の『雁』(1953年)を見る機会があった。原作は森鴎外の同名小説で、心ならずも囲者になったお玉(高峰秀子)の、東大医学生(芥川比呂志)への淡い慕情を描いた作品である。不忍池と東大鉄門を結ぶ無縁坂にお玉の家があるという設定で、美術の伊藤熹朔らによって無縁坂の壮大なセットが組まれた。映画の中では、東大赤門がロケーション撮影で二回出てくるが、このとき赤門ごしに旧東京医学校本館(現在の総合研究博物館小石川分館)の実物が見えているのである。旧東京医学校本館は現在の鉄門近くに創建され、のちに赤門の脇に移築され、さらに小石川植物園の現在地に移築された。赤門脇にあった頃の古写真は目にしていたが、高峰や芥川が歩く動画で見るのは眼福の極みである。撮影当時、1953年頃の状況であろう。森鴎外の原作がスバルに連載されたのは1911〜1913年、旧本館が赤門脇に移築されたのは1911年。ただし、物語の時代設定は1880年頃なので、旧本館はまだ創建の地にあった頃である。この辺りはご愛嬌だろう。映画で見る限り、外壁の上下階の塗り分けはなく、全体に薄めのトーンに見える。赤白の塗り分けは赤門脇への移築後に行われているが、複雑な経緯を辿っている。そのいっときの記録にはなるだろう。今は別々の場所にある赤門と旧本館の現状写真を、映画の見え方にあわせて合成してみた。

松本文夫(東京大学総合研究博物館特任教授)

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