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HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

生きるとは、行動することではない。呼吸することである。

 「お元気ですか」「はい。元気です。」 何気ない挨拶の言葉の中に「気」がある。儒教では、元気とは天地の間にあって万物生成の根源となる精気だそうだ。「気」という語が、「大気」や「気体」、「電気」や「蒸気」といった物質的な根源を表すものとして使われる一方で、「気になる」「気をつける」「気力」「気合」など、精神的な活動の表現としても使われる。この物理的世界と精神的世界を結びつけるものが呼吸であると言える。たとえば、キリスト教においてプネウマが神とその子を結びつける聖霊として現れる。東洋だけではなく、西洋、あるいは、それより広い世界で、息、気息は流れるものであり、世界を構成する要素を結びつけ、お互いのエネルギーとエントローピーの交換する役割を担っている。特に、生命と宇宙の根源をつなげるものとなれば、霊的な存在としてしばしば認識される。「生きるとは、呼吸することではない。行動することである。」と言ったのは、偉大な思想家、ジャン・ジャック・ルソーである。彼の時代は科学や市民社会の時代であり、行動が世界を変えようとしていた。しかし、そういう言葉を言わしめた彼の人生は、数奇で運命的であり、大きな時代の流れの中で、ルソーも、思う存分呼吸をしていたのだ。

森洋久(東京大学総合研究博物館准教授)

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