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HAGAKI
RESEARCHERS COLUMN

鏡の中の自分はなぜ左右が逆さ?

 理科の先生にこんな質問をして困らせたことがあった。理科の先生は、光の反射の対称性を懇切丁寧に説明してくれたのを記憶している。しかし、問題が対称であればあるほど、上下が逆さにならず、左右だけが逆さになるという非対称性に矛盾を感じるようになるばかり。しかし、数日たってほどなく、理科の先生に質問したのは誤りであることに気づいた。国語の先生に質問するべきだった。問題は光の原理にあるのではなく、「上・下」と「左・右」という二つの言葉の性質の違いにあることに気づいた。「上・下」は自分が見ている方向によらず、常に方向が保たれる絶対的な性質をもつ語である。一方、「左・右」は、見ている方向に基づき、方向が決まる相対的な性質を持つ語である。改めて鏡をのぞきこむと、鏡は、本来物理的には左右を逆さにするものではなく、前後を入れ替える道具であり、前後が入れ替われば、その言葉の性質によって自ずと左右が入れ替わる。「私から向かって右」というように、前方を明示的に規定すれば、鏡の中でも入れ替わることがない。少々気張っていうならば、物理学的な問題は往々にして言葉の問題であったりするものだ。

森洋久(東京大学総合研究博物館准教授)

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